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札幌高等裁判所函館支部 昭和27年(う)81号 判決 1952年9月29日

控訴人 原審検察官

被告人 石村平吉

弁護人 松居喜三郎

検察官 後藤範之関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

但し被告人に対しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は第一、二審共被告人の負担とする。

理由

本件控訴趣意は末尾に添附した検察官事務取扱副検事田中悟作成名義の控訴趣意書と題する書面記載の通りであるからここにこれを引用する。

右控訴趣意第一点の(一)について、

原判決は、本件公訴事実中重過失に因る傷害の点を無罪とした理由に於て、被告人は自動車を運転した経験が殆ど無いにもかかわらず、且つ酒に酔い正常な運転ができないにもかかわらず、昭和二十六年七月二十四日午後六時三十分頃、普通貨物自動車北第九〇二号を運転して幅員約四メートルの函館市大網町通の右側を時速約五、六キロメートルの速度で進行中、同町二十五番地先に立つている電柱に右自動車の右側荷台を接触させあわててハンドルを左に切りこれを返さなかつたのでそのまま一直線に進行し約一五、六メートル先きの梨木ハルノ方玄関先に右自動車の左バンバーを激突させてこれを破壊し同所にあつた石炭箱を突飛ばしたうえその隣家菅原喜作方台所角に衝突させた。その際右菅原方台所「流し」の前で炊事をしていた菅原キヱはこの衝激に驚きその場から入口に向つて逃げ出そうとしたところその場に顛倒して左ひざと左手を台所の床についた。しかるに菅原キヱが左ひざをついたところに偶々右自動車衝突の際の衝激により台所の棚から落ちて壊れたびんの破片があつたため右菅原キヱは左膝に通院加療約二週間を要する傷害を受けたとの事実をこれを認めた証拠と共に摘示し而して右の事実関係においては被告人がその運転する自動車を菅原キヱ方に激突せしめたことと、菅原キヱが右のような傷害を受けたこととの間に、相当因果関係が在るとは認め難いから無罪だというのである。しかし原判決が右事実を認めた証拠として示した原審証人菅原キヱに対する尋問調書によると、被害者である同人は「私が流し場に立つて仕事をして居たら大きな音と一緒に「流し」の下に何かがぶつかりさくりを破つてめり込んで来たような感じを受け、同時に私は後ろに押されたようになつて背の方にあつた御飯を炊くストーブに尻のあたりをぶつけ、この突然の出来事に出口の方に避けようとして転んでしまい、左膝を床に突き、台所の棚に置いてあつた硝子壜の落ちて壊れた破片で怪我をしましたが、、何せよトラックの激突と私の転んだことは殆んど同時であつたので、私としてはこの時棚のものがどのように落ちて来たかわかりませんと供述しており、これを原審の検証調書の記載並びに附属図面に対照すると、前記自動車激突の反動で菅原方の硝子壜は破壊し菅原キヱはその上に顛倒して膝を突いて前記負傷の結果を生じた事実関係は明かであつて、そしてこの一連の事実関係は殆んど同時に惹き起された瞬間的の出来事であることが見られる。しからば前記原判決に摘示する被告人の本件自動車運転は、右菅原キヱの負傷に対する被告人の重大な過失であり、これと右キヱの負傷、の間に因果の連絡あることを認めるのが相当である。しかるに原判決は被告人の本件自動車を運転して菅原方に激突させたことと菅原キヱの前記負傷との間にいわゆる相当因果関係があるとは認められないとして無罪の言渡をしたのは法律の解釈ないし適用を誤まつたものでその誤りは判決に影響を及ぼすことは明かであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

右控訴趣意第一点の(二)について、

所論は、本件における被告人の道路交通取締法違反と重過失傷害の点は刑法第五十四条第一項前段の一個の行為で数個の罪名に触れる場合に該当する、然るに原判決はこれを併合罪の関係あるものとして、その重過失傷害の点につき無罪の言渡をしたのは法令の適用を誤つたものであるという。

しかし、自動車の無免許運転行為或は酒に醉い正常な運転ができない虞がある運転行為等道路交通取締法で禁止されている自動車の運転行為と、自動車運転上重大な過失に因り人を死傷に致した行為とはその行為の内容を異にするものと解すべきを以て、本件において被告人が法令に定められた運転の資格を持たず、且つ酒に醉い正常な運転ができない虞あるのに自動車を運転した行為は前に説明した自動車運転上重大な過失に因つて菅原キヱに傷害を加えた行為とは別個の行為であり、これを自動車運転による一箇の行為が数個の罪名に触れる場合に該当するものとは謂われない。原判決は本件公訴事実における被告人の道路交通取締法違反の点を有罪とし、重過失傷害の点を無罪として主文においてその言渡をなし両者を併合罪の関係に立つものと認めたことは正当であり、所論のような違法はない。論旨は理由がない。

以上によりその余の論旨(量刑不当)に対する判断を省き、刑事訴訟法第三百九十七条により原判決を破棄し、同法第四百条但し書に従い被告事件につき更に判決する。

原判決の確定した原判示の罪となるべき事実に道路交通取締法第七条第一項第二項第二号第三号、第二十八条第一号、罰金等臨時措置法第二条、第四条を、原判決の無罪の理由において摘示したその認定事実に刑法第二百十一条後段、罰金等臨時措置法第二条、第三条を各適用し、前者につき懲役刑を、後者につき禁錮刑を各選択し、両者は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により重き後者の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人を禁錮六月に処し、情状により刑法第二十五条を適用して被告人に対し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により第一、二審共被告人に負担させることとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 原和雄 判事 小坂長四郎 判事 東徹)

検察官副検事田中悟の控訴趣意

原判決は、法令の適用に誤があつて、判決に影響を及ぼすことが明らかであるのみならず刑の量定も不当であるので到底破棄を免れないものと信ずる。

第一、法令適用について、

一、原判決は、被告人が運転する自動車を菅原喜作方に激突せしめたことと菅原キヱが傷害を受けたこととのあいだには相当因果関係が在るとは認め難いといつているので、先づ此の点を検討したい。

原判決は、「被告人が重大な過失により、梨木ハルノ方玄関先にその運転する自動車の左バンバーを激突させ、これを破壊したうえ、同所の角にあつた石炭箱を自動車の前部で突飛ばしこれと共に、自動車を隣家菅原喜作方の台所角に衝突させた。その際右菅原方台所「流し」の前で炊事をしていた菅原キヱは、この衝激に驚き、その場から入口に向つて逃げ出そうとしたところ、その場に転倒し、左ひざと左手を台所の床についた。しかるに、菅原キヱが左ひざをついたところに、たまたま、前記自動車衝突の際の衝激により、台所の棚から落ちてこわれたびんの破片があつたため、右菅原キヱは左ひざに通院加療約二週間を要する傷害を受けた。」という事実を認定した。

右自動車の菅原方台所角への衝突と台所の棚からびんが落ちこわれたこと及び菅原キヱが転倒しその際びんの破片で傷害を受けたこととは皆な一連の関係事実でありしかもこれ等は全く瞬間の出来事で、その間に時間的余裕は殆んど無いから同人が室外に逃がれ出でんとした行為はなく本能的、反射的動作で同人の意思活動とはいえない。従つて同人の傷害という事実を惹起したものは被告人の行為というべくこの点は条件説によるも相当因果関係説(特に客観的相当因果関係説)に従うもこれを是認することができるのである。即ち被告人の行為がなかつたら菅原キヱの傷害が起らなかつたらうし又われわれの日常経験から見ても被告人の行為は菅原キヱの傷害に対し重要な原因を与えたといわなければならない。そしてこの際被告人が同人を認識し得たか否かは問うべきでない。

しかるに原判決は前記の如く単に相当因果関係が在るものとは認め難いといつてこれを否定しているのは明かに法令の適用を誤つておりそしてその誤が判決に影響を及ぼすことが明かであるといわなければならない。

二、本件道路交通取締法違反(無謀操縦)と重過失傷害は刑法第五十四条第一項前段の一個の行為で数個の罪名に触れる場合に該当する。然るに、原判決は此の両者を併合罪の関係あるものとして刑法第四十五条を適用し右重過失傷害について無罪の言渡をしたがこれは明らかに法令の適用を誤つたものである。

第二、刑の量定が不当である。<以下省略>

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